それを嫌いになれないから

音楽、芝居、文学、自分が楽しめることを綴る場所

ドラマ『anone』というフィクションの中の本物

 春の改変期です。冬のドラマが次々と最終回を迎え、春ドラマが始まろうとしています。2018年の1月クールのドラマは5つほど見ていましたが、その中で最も印象深かったのは日本テレビで水曜日に放送されていた『anone』でした。同じく日本テレビで放送されていた2010年の春ドラマ『Mother』、2013年の夏ドラマ『Woman』に続いて、脚本・坂元裕二さん、演出・水田伸生さんをはじめとする同じスタッフによって製作されたドラマです。昨年のドラマ『カルテット』(TBS)から、坂元さんの脚本に興味を持ち、見始めたのですが、これがまた面白かったのです。主人公・辻沢ハリカ(広瀬すず)がある事件をきっかけに出会った性別も年齢も境遇も違う人々と奇妙な共同生活を送り、やがて偽札作りが始まる。血の繋がりや社会的な良し悪しを超えた愛が描かれています。

 物語の前半は、今思えば人物紹介だったのですが、そのエピソードひとつひとつが濃密で物語の着地点が分からず不思議な気持ちでした。1話では、ハリカのネットカフェで暮らしている現状と親に見捨てられ施設で過ごした過去が一気に展開し、それでいて主要人物4人の最初の出会いもあり、とてもスピード感がありました。2話では林田亜乃音(田中裕子)の血縁のない娘・玲(江口のりこ)との関係、3話では余命宣告を受けている持本舵(阿部サダヲ)の何も上手くいかなかった過去、4話では青葉るい子(小林聡美)の家族との不仲と亡くした娘との不思議な繋がりが描かれました。その中で偽札や誘拐事件、身代金の消失などによって、次第に4人が絡み合い、5話にしてやっと共同生活が始まります。

 ここまでは、ほんのモノローグのようなものなのに、濃密に描かれる4人の境遇が、彼らを憎めないキャラクターにしています。19歳にして親がいなくネットカフェで生活しているハリカをはじめ、みんな生きるために必死。でも、これだけのつらい経験をしていながらも、彼らは生きることを諦めていないんです。青葉は諦めかけていましたが、多分本気じゃなかった。余命宣告を受けた持本は「生きたい」と語る。同級生・西海(川瀬陽太)の自殺が対比的に描かれ、なおさら彼ら(というか主に持本か)の強さが伺えます。そんな3人に救いの手を差し伸べ「生きなくたっていいじゃない。暮せば。暮しましょうよ」(第5話)という亜乃音の言葉は、温かく優しいながらも重みがありました。一文無しの見ず知らずの他人を住まわせてあげる亜乃音は、まあ普通に考えたら現実味がありませんが、そこはあくまでファンタジーの世界で、ファンタジーに散らば目られた現実の負の要素を夢で包み込んでくれる。その世界が視聴者としては救いです。年齢的にハリカには感情移入しやすかったのですが、見ず知らずの人でもこんなに温かくて優しい大人たちに囲まれて暮すハリカが羨ましかったです。

 5話で4人の奇妙だけど平穏な共同生活が始まったかと思うと、その回のラストには中世古理市(瑛太)が現れ平穏な日々は静かに脅かされていきます。そして6話からついに本格的な偽札づくりが始まります。紙野彦星(清水尋也)の治療費のために金が必要なハリカの願いや、ハリカに犯罪をさせたくないという亜乃音の母性、持本と青葉の互いの秘めた思い、中世古の完璧な偽札を作りたいという夢がそれぞれに交錯しつつ、玲の息子・陽人(守永伊吹)の起こした火事までもが絡み合い、さらに濃密でハラハラした展開が続きます。犯罪だと分かっていながらも、それぞれに葛藤しつつ、何かを守るために偽札づくりに手を貸した4人はやはり憎めない。

 「いいことがあると思って来てないんだよ。なのに何でかここに来たら嬉しいことがいっぱいあった。こういうのないと思ってたから。こういうのあるつもりなかったから。得しちゃった。いいことありすぎて。夢見たい」

 第8話、偽札づくりに完成が見えてきて怖くないのか尋ねられたハリカが「もう戻れないから」と言った後の言葉。もともと失うものはない。怖さを抱えつつも、それよりも大切で守りたいものができた。第5話では亜乃音がハリカに「ここはもう行くところじゃないからね。ここはもうハリカちゃんが帰るところだからね」と伝えています。この共同生活がハリカにとってどれほど良いものだったか伝わり、グッときました。

 やっと完成したと思った偽札は、9話で見つかり警察に追われる羽目に。それぞれが守りたいものを守るために決断をする回でした。亜乃音が娘と孫のためなら罪を被るという覚悟。彦星に治療を受けさせるために涙ながらについたハリカの嘘。余命短い持本の青葉のためを思った辛い嘘。それを見抜いた上で最後まで寄り添うという青葉の決意。哀しくも4人の強さを感じました。

 最終回では連行された亜乃音、姿を消した持本と青葉が帰らない家で一夜を過ごしたハリカのつらさを思うと胸が痛みます。ハリカもその後鑑別所へ送られ、亜乃音は罪をすべて被るつもりでいる。同じ時、持本は亜乃音に対して罪悪感を抱きながらも、青葉に寄り添われ最期の時を過ごします。死ぬ間際になっても「諦めてませんから。あと50年生きますから。幸せにしますから」と言う持本は青葉の言う通りかっこいい。あの街角インタビューが登場し、亡くなってから告白を聴いた青葉の気持ちは計り知れません。その後出頭した青葉の強さたるや。結局みんな大切なものを守って罪を償おうという気があるのが、彼らが社会的にダメでも犯罪者でも悪い人には思えない。愛せるんですよね。あの憎き中世古でさえも、火事のことを思い出した陽人のために嘘をつきました。結局、本当の悪者っていないんですよね。みんなどこかに弱さを持っていてそれを隠すために必死で生きているんですよね。でもその弱さをも受け入れたとき、彼らは強くなった。「人生ってねやり直せるんだよ」と言われたハリカが「ここが今の自分だから」と言ってやり直そうとは思わなかったのも、亜乃音たちに出会って、弱さも何もかも受け入れてくれるものに出会ったからなのかなと思いました。出所した亜乃音と青葉と幽霊の持本(多くは語りませんが座り方が面白い)と、そしてハリカ、再び4人があの家で幸せそうにしている姿が、嘘だらけの世界でも本物があることを証明してくれているようで、ドラマは終わってもこの優しい世界が永遠に続いてほしいなと思いました。

 全体的に温かい作品ですが、登場人物の境遇や犯罪に手を染めるところは重い空気が漂います。それを吹き飛ばしてくれるのが、随所にちりばめられた会話。ごくごく自然体な会話なのに、いちいち面白いのが、このドラマを明るくしてくれます。特に持本。この人が喋ると基本笑えます。第8話、食事の片づけをしながら青葉と言い合うシーンはまるで夫婦漫才のよう。現実世界にあるのって、他愛のない会話だったり、しょうもない言い争いだったりして、こうしたちょっとしたユーモアが、ファンタジックな物語をさらに奥行きのある作品し、そのギャップでシリアスなシーンもさらに胸に響きます。

 『Mother』や『Woman』にも通じることですが、これらの作品は映像が美しいですよね。映画のようにとても綺麗。浜辺や海沿いの風車、ハリカのいた施設のある森など風景も素晴らしいし、柘市という架空の町もひっそりとした景観で味があります。亜乃音の工場や家も一昔前の田舎の感じがとても伝わります。それらを上手く切り取って美しく魅せるこのドラマ、最高です。

 どんどん話がまとまらなくなってきました。もうまとまらないのでこのまま終わらせることにします。最後に、このドラマを見てから主演の広瀬すずさんのこと大好きになりました。可愛いハリカちゃんを演じてくれてありがとう。

 ところで、脚本の坂元さんがこの『anone』をもって、しばらく連続ドラマを書かないと発表されました。寂しくなりますが、最後に『anone』を描いてくださってありがとうございました。このドラマ大好きです。あの世界で、4人が幸せに暮らしていることを祈っています。